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悪戯短篇小説「河童の一日 其ノ五」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は八百屋のおっさんにきゅうりで殴られた。売りもので殴るなんてどうかしてる。ちなみに二刀流だった。

しかもきゅうりが僕の大好物だってことを、八百屋のおっさんはもちろん知っている。となると、「わざわざ相手の好物を用いて殴る」という行為は、果たして厳しさなのか優しさなのか。「どうせ殴られるなら、自分の好きなもので殴られたい」という気持ちが、人間には存在するのだろうか。「どうせ溺れるならプリンの海で」とか。やはり人間の気持ちはわからない。

八百屋のおっさんには、日ごろから良くしてもらってる。いつも結局きゅうりしか買わないから、僕にとってはきゅうり屋なんだけど。

今日だってきゅうりを二本買ったら、一本おまけしてくれた。その三本のうちの二本で殴られたから、食べられるのは結局一本になっちゃったけど。

なんで殴られたのかは全然わからない。二本のきゅうりでヘッドソーサーをしこたま殴りつけられたあと、「この野郎、河に流すぞ!」って言われたけど、ちょうど河に帰るとこだったので、もしかすると「気をつけてお帰りください」くらいの意味だったのかもしれない。日本語って難しい。人間も日本語も難しいから、僕は河童で良かったと思う。

家に帰ったらいきなり、「あんたそれどうしたの!」と母親に激昂された。殴られたときについたキュウリの緑色が頭の皿に二本、線状にこびりついていて、母はそれを勝手にタトゥーだと解釈して怒りだしたらしい。今日はちょうど茨城から爺ちゃんも来ていて、爺ちゃんは僕の頭についた緑色のすじをキラキラした目でためつすがめつしながら、「ええなぁ、これええなぁ」と、しきりに羨ましがっていた。

翌朝起きたら、爺ちゃんが先に食卓についていた。もちろんきゅうりを食べている。僕のことを待ち受けていたらしく、自慢気に見せつけてきたその頭には、明らかに油性マジックで引いた嘘くさい緑のラインが三本入っていた。僕のより一本多い。

アディダスかよ、と思った。

 

 

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