悪戯短篇小説「史上最強の失業者」
祖父母の命令で鬼を殲滅したら次の日から失業した。
鬼を全滅させたら鬼退治の仕事がなくなるということに、最後の一匹を倒している途中で気づいたが犬、猿、キジの手前もう後戻りはできなかった。
自らの活躍が失業の危機を呼び寄せていることに気づかなかったのは阿呆の調子乗りとしか言いようがないが、そもそも鬼を倒すためだけに育てられたのだから経済など学んでいない。
それ以前にじゃあ鬼を退治するまでは職業人だったのかと問われればギャランティーなどもらった覚えがないが、祖父母に日々食わしてもらっていたのでそれが収入といえば収入だろう。あときびだんご。
しかし鬼を退治した途端、祖父母の態度がコロッと変わり、「これでお前も立派な大人だ!」とか言われひとり立ちしろという空気を満々に発散され、俺は家を出ざるを得なくなった。住居も食料も失った。
とにかく何かやって儲けねばならぬので、悩んだ挙げ句、鬼のフィギュアを作って売ることにした。なぜならばこの世で鬼の顔を見たのは自分と犬、猿、キジのみであって、これは商売上とんでもないアドバンテージであるから。
リアルな鬼のフィギュアを作りたければ、鬼の顔を実際に見たことのあるほうが有利に決まっている。そして犬、猿、キジにフィギュアは製作できないから、リアルな鬼フィギュアを作れる可能性があるのはつまり俺だけということに自動的になる。
しかし人々はすでにいなくなった鬼への興味を失っていたから、これはさっぱり売れなかった。それ以前に俺は図画工作を習っていなかった、というか祖父母に鬼退治の自主トレばかりさせられる毎日で、学校に通ったことすらなかったので、鬼フィギュアに自らが目撃した鬼像をリアルに転写する能力を持たなかった。出来あがったフィギュアはオーガニックというかキュビズムというかほとんど流木だった。
行きづまった俺は実家に帰って祖父母に相談すると、祖母が安易に「そなたの母なる桃を作りなさい」とゴリ押ししてきた。しかし人間の子が、同じ人間だからという理由で人間の母親を作れるかというとそうではないのと同じく、桃から生まれた桃太郎だからその母親にあたる桃を作れるという道理はない。祖父は山へ芝刈りに、祖母は川へ洗濯に行った。
桃の作りかたがわからぬまま放置された俺は桃を研究するため、八百屋へ行って桃をひとつ買った。ためしにその桃を川上から流してみたが、洗濯中の祖母はそれを鮮やかに無視してすすぎを続けた。俺もそうしてくれれば良かったのにと思った。