悪戯短篇小説「伝説のハンター」
居丈高たかしはその名に反して腰の低い男だ。彼の父親は栗田貫一のやる「もしも細川たかしが救急車だったら」のモノマネが好きすぎて、生まれたての息子に迷わず「たかし」という名をつけた。幸いにして今のところ救急車に乗ったことはない。
居丈高たかしはテレフォンオペレーターの仕事をしている。早い話が苦情処理係であり謝罪謝罪の毎日だ。反論はいっさい許されていないが手元のボタンを特製消音ハンマーで激しく叩くことは許されている。世間ではあまり知られていないが、テレオペの現場はどこもいつの日からか、もれなくそういうことになっている。襲い来るモンスタークレーマーたちの理不尽な苦情に対し、声に平静を保ちつつ謝罪の言葉を繰り返しながらも、やり場のない怒りをハンマーに乗せるのだ。
ハンマーの色は前月の成績により決定され、トップクラスの人間にはゴールデンハンマーが授けられる。オペレーターの成績は、常連クレーマーからの指名数によって左右される。いまや苦情処理係にも、固定客の心を捉(とら)えて話さぬ接客術が求められる時代である。「他の誰かではなく、○○さんにぜひ苦情を聞いてもらいたい!」「○○さんが空くまで、このまま電話口で待ってます!」そんなご指名を、誰もが一度は受けてみたいものだ。
しかし一方では、「さっき電話に出た○○という奴の対応がなってない」という「苦情処理係に対する苦情」ともいうべきありがたくないご指名の場合もあり、これは即座に減点対象となる。中でも「社長を出せ」という決め台詞を引き出してしまった苦情処理係への処分は非常に厳しく、ハンマー没収のうえ、ボタンにハチミツをたっぷり塗られる。しかし居丈高たかしがそのような目にあったことはいまだかつて一度もなく、彼はここのところ三ヶ月連続でゴールデンハンマーを獲得している苦情エリートである。
居丈高たかしは短めのズボン丈が好きだ。正確に言えば店頭では標準丈で合わせてもらっているのに、はいてみると驚くほどつんつるてんに変貌する。こっそりハイウエストにしているのだ。
なぜそんなことになるのかと言えば、彼が更衣室でズボン丈を合わせてくれる店員に対し、どうしても好みの丈を居丈高に表明できないからで、「このくらいでいいですか?」と言われればワンクッションでもツークッションでも二つ返事でOKを出してしまうのである。ズボン裾の下から、靴下に刺繍された馬をチラリと見せるのが、居丈高たかしのお洒落のすべてだ。
――彼はそういう人なんです。まさか警察のかたがおっしゃるように、日本中のもぐらを絶滅させた凶悪犯だなんて、とても信じられません。