悪戯短篇小説「河童の一日 其ノ一」
朝起きたらヘッドソーサーにうっすらカビが生えていて抜群に哀しかった。テレビのニュースであまりに熱中症熱中症言うものだから、警戒しすぎて寝る前に皿を経口補水液で濡らしすぎたせいだ。CMで所さんにまで言われたら濡らすしかない。あの人熱中症でいくら儲けたんだろう。
「経口」だというのに口を経なかったのがいけないのか。仕方がないので歯ブラシで皿を擦ってみたが、どうせ捨てるからとホテルのアメニティのを使ったら案の定ガサガサになった。ホテルの歯ブラシはどうしてあんなに硬いのか。頭がひりひりしてところどころ赤らんでいる。これでは好きなメス河童がいると思われてしまうではないか。オロナインH軟膏を塗った。
頭痛のことは忘れて、とりあえず河で泳ぐことにした。いざ泳いでみると、今日は河も自分も調子が良かったので気づいたら海へ出てしまっていた。しばらく海で浮力を楽しんでから河へ戻ろうと考えていると、沖のほうからポセイドンが鬼の形相で迫ってきた。正確にいえば神の形相だが鬼のようだ。変な立ち泳ぎみたいな泳ぎかたなのに、猛烈なスピードが出るというのはどういうわけか。
僕は反転して必死に泳いだ。しばらく進むと背中越しに何も言われないのでちょっと安心していたら、頭に雷が落ちたような激痛が走った。ポセイドンが無言のまま、いつも自慢気に振りかざしている三つ叉の矛で、僕の薄っぺらなヘッドソーサーを突き刺さしてきたのだった。頭が割れるように痛いので触ってみると、三箇所にがっつり孔があいていた。孔が皿の下まで達していたらと考えるとぞっとするが、皿の下がどうなっているのかは知らないので達していないことにした。振り返ったらもう誰もいなかった。
岸に上がってそのままホームセンターへ向かった。濡れた体は歩いているうちに乾くものだが、今日は意外と乾きが悪くて湿度が高いことに気づいた。そのほうが皿には良いが、やはり体温を奪われるため体には悪い。基本は当然「頭湿足乾」であるのは言うまでもない。
家に帰って、ホームセンターで購入したパテを頭にあいた三つの孔に流し込む作業。とりあえず孔は埋まったが、埋めた三箇所だけが逆に真っ白くなりすぎて、「ここに孔あいてましたよ」と強く主張している感じになってしまった。どうせそのうち汚れて馴染んでくるから気にしないことにして、風呂を沸かして入る。「一日じゅう河に入ってたのに、わざわざ風呂にも入るの?」と講演会でちびっ子から頻繁に質問を浴びせかけられるが、河と風呂は全然違うのでもちろん入る。シャンプーとリンスは分けずにリンスinシャンプーで一度に済ませる派だ。髪はないのでボディーソープでいいんじゃないかと近ごろ悩んではいる。
風呂上がりの保湿には、いつも命がかかっているので気を遣う。何しろヘッドソーサーが乾いたら、それだけで死ぬのである。せめてもっと陽当たりの悪い、乾きづらい位置につけといてほしかった。
これまでいろんな保湿液や美容液を試してきたが、「初めてのかたにはお売りできません」と言われて販売を断られたことも何度かある。本当は僕が河童だから売りたくないだけだろうが、「河童の命を救った保湿美容液」というキャッチコピーをつけたら、結構売れると思うのだが。
今夜もやはり熱帯夜。死についてひととおり考えた結果、やはり頭の皿に経口補水液を多めに振りかけてふとんに入る。明日もまた頭にカビが生えていることだろう。