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悪戯短篇小説「河童の一日 其ノ六」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河童だって音楽が好きだ。文字どおり、音を楽しんでいる。といっても、川のせせらぎとか鈴虫の鳴き声とかじゃなくて、普通に人間の好む音楽を河童も聴く。エミネムとか。NO MUSIC,NO KAPPA LIFE.

ただしイヤホンがすぐ駄目になるので困る。河童は年がら年中濡れているから。むしろ乾いたら死ぬ。特に耳は急所ヘッドソーサーに近い場所だから、乾いたら致命傷だ。

かつてイヤホンを防水加工しようと思い、ビニールテープでぐるぐる巻きにしたら何も聞こえなくなった。音ってつまり空気の振動なんだってわかった。仕方なくテープを剥がしたら、ヘッドソーサーから垂れた水滴がイヤホン内部へと侵入し、やっぱり何も聞こえなくなった。こっちは本当にもう二度と聞こえないやつだ。水濡れは自己責任なので保証はきかない。そもそも河童に保証はきくのだろうか。

母親に「英会話のラジオを聴くため」と嘘をついてお金をもらい、家電量販店へイヤホンを買いに行くことにした。エミネムだって英会話なのだから、あながち嘘とも言いきれない。生きた英語(スラング)を早いとこ身につけて、今度八百屋のおっさんをちょっとディスってみようかな。

濡れた札束を握りしめ、河童なりの速歩きで家電量販店へとたどり着いた。店員に訊いてみると、今どきはイヤホンにも防水の商品があるらしい。なぜ今まで気づかずに数々のイヤホンを壊してきたのか。これが「情弱」ってやつか、と思い知らされたが今日からは「情強」だ。何しろ僕は「防水のイヤホン」という存在を知っている。そんなことを考えている間にも、店員はいろんな防水イヤホンを持ってきては、ガンガン僕の耳に突っ込んでくる。普通は河童の「濡れ」を嫌がって商品を触らせたがらないものなのに、変わった店員だ。

嫌われていないのは良いことだが、こういうのはやっぱりウザいことはウザいし耳も痛い。僕は少し店員と距離を取る作戦に出た。執拗に食らいついてくる店員を、「いったんテレビ売場へ逃れる」というひと手間をかけることでまくことに成功し、ぐるりと一周して店員の背後からイヤホン売場へと復帰。そこから防水イヤホンの吟味に入った。

とはいえ、いくら防水とはいえ、濡れた河童の手で商品に触るのはさすがに申し訳がない。イヤホンに触らないと試聴もできないから、次々とためらいなく耳にイヤホンを突っ込んできてくれたさっきの店員は、やっぱりありがたかったのかもしれない。でも今さらまた話しかけるのも不自然だから、いかにも二つの商品の間で悩んでいて、最後の決め手となるひとことを欲しがっているような感じを出してみたりして、店員の視線を引き寄せようと試みる。しかし店員は背を向けたままビクともしないので、僕はもうこの店でなんて買ってやるもんかと思い、そのまま足早に店を出ることにした。

そこへ突如鳴り響く警報音。未曾有の衝撃とともに、目の前の風景が飛んだ。甲羅が爆発したかと思った。僕は店を一歩、いや半歩出た路上へ、横向きに倒れていた。腰の上にしがみついていたおばはんが、虚空に叫び声をあげた。

「十五時四十七分、確保。河童入りまーす!」

前半は犯人が逮捕されたときの、後半はレジに一万円が入るときの口調で困惑した。まもなく、さほど屈強でもない明らかにバイトの警備員が二人寄ってきて、いかにも濡れたくなさそうな及び腰で僕の両脇を支え起こし、タックルかましてきたおばはんの先導で僕は店の奥の別室へと連行された。

部屋面積の半分以上がダンボールまみれで、すっかり倉庫代わりに使われている一室。用意された椅子に腰かけると、店長らしき中年男性がテーブルを挟んだ向かいに着席した。タックルおばはんは僕の腰に手を回して自由を奪いつつ寄り添っている。なんとなく呼び出された母親のような位置取りであり振る舞いであるが、僕にタックルをかましてきたのは間違いなくこのおばはんであって、まったくもって味方ではない。

「ほら、出してみろ」

胸のバッチから店長と判明した男が雑に言い放った。なんのことを言っているのかわからない。

「いや、僕はその、急にこの女性に押し倒されて……」
「だから盗ったものをここへ出せと言ってるんだ!」
「ほらあんた、素直に出さないと、警察と親河童呼ぶことになるよ!」

おばはんはつまり万引きGメンだった。僕は立たされ、本来ならば服を全部脱がされるところだが河童はそもそも基本全裸なのでそこは省かれ、全身をくまなく調べられた。するとどういうわけか、甲羅と背中の境目のところにイヤホンが挟まっているのが見つかった。だが僕はイヤホンなど断じて盗んではいないし、いくら言っても人間にはわからないだろうが、そもそも河童には、物をそんなところに挟み込む習慣も発想もまったくないのだ。たしかに河童は服を着ないから、いつでも物を収納するポケットに不足してはいる。しかしだからといって、適当なところに物を挟んで持ち運んだりはしないしその技術もない。それならば競馬場にいる人間たちのほうが、耳の上に鉛筆を挟み込んでよほど器用に持ち歩いている。

河童一世一代のピンチである。ところが。

イヤホンを発見した店長は、ここで鬼の首を取ったかの如く一気呵成に来るかと思いきや、「またアイツか……」とひっそり呟くと、今度はやんわりと謝罪っぽいムードを醸し出しはじめたのである。全体として謝っているていではあるが、決して謝罪の言葉それ自体は口にしないという、自己保身のための絶妙なスタンスで。

それとなく冤罪を認めひととおり謝ったような雰囲気だけを残して店長が立ち去った後も、僕がその手のひら返しについて不可解な表情を浮かべたまま茫然と座っていると、隣のタックルおばはんが、別に訊いてもいないのに事情を詳しく説明してくれた。

おばはんの話によると、どうやらこの店では、同様の事故が頻発しているらしい。しかもそれらは実のところ、「事故」ではなく「事件」であると。

なんとなくおかしいなと感じてはいたものの、問題はやはり僕に最初に声をかけてきたあのイヤホン売り場の店員だった。彼はとてもサービス精神旺盛な人物であり、その点は店長も大いに評価しているらしい。しかしそのサービス精神が度を越した結果、客の耳にガシガシとおすすめのイヤホンを突っ込んでいくという独自のセールスを、店長の目を盗んでは勝手に展開しはじめたという。僕もそのセールス術には、つい先ごろ辟易したばかりだ。

だが本当の問題は、彼のサービス精神が、その程度では留まらなかったことにある。彼の中にある「サービス」という概念が日に日に増大していった結果、「究極のサービスとは、お客様にとって最善の商品を、無償で提供することである」という段階にまで行きつき、彼はある日から客に商品をプレゼントしはじめたのである。

それでもまだ自腹でプレゼントするならば、問題は少ないのかもしれない。だが残念ながら彼の時給は、イヤホンよりも安かった。なのに彼は、一時間に一人以上の人間に、どうしてもイヤホンをプレゼントしたい。となると必定、客のカバンやポケットに、無断でイヤホンをねじ込むことになるというわけだ。いや、「なるというわけだ」と言われても、正直ぜんぜん共感できないが、どうやら彼の中ではそういう理論が自然なものとして、すっかり成立しているらしいのである。ちなみに僕は手ぶらでポケットもないから、彼はおそらくかなり迷った末、甲羅と背中の間隙にチャンスを見つけ、僕が次々と耳に差し込まれるイヤホンと耳の痛みに気を取られているうちに、こっそり挟み込んできたものと思われる。あくまでサービス精神で。

話を聴くにつけ、ならば彼を店長権限で即刻クビにすればいいようなものだが、店長は彼に決定的な弱味を握られているらしく、それは不可能であるらしい。口の軽いタックルおばはんも、そこに関しては固く口を閉ざしたのだった。

ちなみにこの万引きGメンタックルおばはんは、単に出入り口の警報音に反応してダッシュし、客にタックルをかます仕組みになっているらしい。それにしては店を半歩出たところで捕まえるのはあまりにも早く、どう考えても僕が河童だから事前に目をつけられていたとしか思えないのだが。

帰路、こんなときこそおもいっきりエミネムでも歌って社会をディスってみたいと思ったが、いざ口ずさんでみたらまともに歌える英語が一行もなかった。まだまだ聴き込みが足りないらしい。今すぐ防水のイヤホンが必要だ。

 

 

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