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悪戯短篇小説「河童の一日 其ノ七」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近ごろ甲羅のフィット感が悪いので、調整してもらうため久々にスポーツ用品店へ行った。

そもそも僕は、甲羅のフィット感なんて気にするタイプの河童ではなかった。しかし以前、グローブ用オイルを買いにスポーツ用品店を訪れた際、「おい坊主、プロテクター浮いてんぞ。ちょっと見してみ」と人間の店主に声をかけられ、断れぬままに身を任せてみたところ非常に具合が良くなり、初めて「甲羅のズレ」を自覚することになった。

「肩を揉まれたときに感じる気持ちよさで、初めて己の肩こりを自覚する」みたいなよくあるパターンの話なのかもしれないが、毎度きっちり「調整費」100円を請求されるので、ちょっと騙された気分ではある。

「まあ、俺もキャッチャーやってたし」という店主の言葉からすると、前後逆ではあるものの、捕手用のプロテクターと河童の甲羅には何かしら構造に共通点があるらしいのだが、自分の背面はよく見えないのでわからない。あと僕は捕手ではない。

調整してもらっている最中は、背中のほうで「カチッ」と何かをはめたりはずしたりするような音が頻繁に鳴るのだが、何がどうなっているのかは知らないし怖くて訊けない。たぶん指の関節が鳴るようなことなのだろう。とにかく河童の甲羅は「スポーツ用品」であるらしい。

今日は甲羅調整の終わり際に、「あれ、こりゃメットもズレてんな」と店主がボソッと呟いた。嫌な予感がした。店主はそこから「メット=ヘッドソーサーのズレが身体のあらゆる歪みの根本原因である」という、いま思いついたに違いない独自の整体理論を滔々と語りはじめたのである。

そうやってヘッドソーサーをあちこち撫でくりまわした挙げ句、ついには「本当はいったんはずしたほうがいいんだがなぁ」と殺人的な、いや殺河童的なことを店主が言い出したので僕は一気に怖くなり、魔の手から逃れようと激しめに頭を振った。しかし店主は逃すまいと皿の端のどこかを強く握ったため、頭部のどこからか「メリッ」と明らかに何かが剥がれるような音がした。他に客のいない店内に、数秒のあいだ張り詰めた空気が流れた。

しかし人間は、血が流れない限りなかなか自らの過失を認めないものだ。実際のところ特に痛みもなく、血も出ておらず、そもそも僕の皿は冬場の乾燥によるひびだらけであるため、たとえ傷を負っても該当箇所を特定するのが難しい。さらにヘッドソーサーと皮膚の接着構造に関しては、甲羅同様自分でもよくわかっていないため、たとえどこかがめくれてしまったとしても、「仕様だ」と今どきのメーカー対応的に言い切られてしまえばぐうの音も出ない。

店主は何事もなかったような顔を意図的に浮かべつつ身体の圧で僕を出入口まで追い込み、「またお願いしまーす」という恐喝にも似た仕上げのひと声で僕をまんまと店の外へ排出した。焦りからのど忘れかせめてもの詫び賃か、今日はいつもの「調整費」100円を徴収されることはなかったが、はたして僕は得をしたのだろうか。

幸いにして、今のところ痛みも違和感も特別感じない。しかしあのとき耳にした「メリッ」という不穏な音だけは、家に帰り着いてからも明確に耳に残り続けている。きっと死ぬまで消え去ることはないのだろう。

さて次にまた甲羅がズレたとき、あのスポーツ用品店に行くべきかどうか。とはいえ差し当たり、他に選択肢などないのだが。そんなことを考えながらベッドで寝返りをうった瞬間、甲羅と背中の間から「メリッ」という例の音。
 

 

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